下山 陽也 先生

身近な「カビ」である
マラセチア菌について

帝京大学医学部附属溝口病院
皮膚科 助教
下山 陽也 先生

あなたが親から受け継いだものはなんですか?

あなたが親から受け継いだものはなんですか

いくつかイメージできたでしょうか。容姿、骨格、性格、運動能力などの遺伝的な要素、家や土地などの資産、音楽やスポーツなどの趣味嗜好、様々なものがあるでしょう。
なかには受け継ぎたくなかったものもあるかもしれませんが、多くはみなさんの生活の中で重要なものとなるのではないでしょうか。このコラムを読み終えた時、ぜひ、受け継いだもののリストの中に、ある小さな微生物を付け加えていただければ幸いです。

私は皮膚科医として、真菌(カビ)による感染症である皮膚真菌症の診断・治療を専門としています。なかでも、マラセチアという真菌の治療・研究は、私の師匠から受け継いだ、医師として生きていくための大きな柱となっています。
このマラセチアという菌は、私達ヒトだけでなく、犬や猫などの常在菌(体に日常的に存在する微生物)です。さて、このマラセチア、生まれたばかりの赤ちゃんからはほとんど検出できません。その後、生後5日ほどで大部分の赤ちゃんから検出することができるようになります。

いくつかの研究結果から、マラセチアは生後、多くはお母さんとのスキンシップから赤ちゃんに感染し、皮膚に定着するものと考えられています1,2,3)。時間がたつにつれてこの菌は増えていき、乳児湿疹や赤ちゃんにきびを引き起こすことが知られています。これらの皮膚疾患は、患部を清潔にすることでほとんどのお子さんが治療せずに完治しますが、マラセチアはその後も私達の身体に残ります。特殊な治療をしないかぎり、生涯一緒に生活することになるのではないでしょうか。
では、マラセチアは私達の身体で何をしているのでしょうか。

マラセチアは皮脂を分解する菌として知られ、私達の皮膚のマイクロバイオームを構成する微生物の一つです。マイクロバイオームを構成する微生物は多くの種類が知られていますが、この微生物間のバランスは私達の皮膚の健康には欠かせないものです。マラセチアは頭皮や顔などの脂漏部位に多く定着しており、ここで私達の分泌する皮脂を分解(餌にしている)しています。マラセチアはとても大切な役割がある菌ですが、増えすぎると問題がおきてしまいます。
生後1年間の皮脂の量の変化を調べた研究結果によると、皮脂の量は生後5日までにかなり増加し1か月後には最高値を示し、その後減少していくようです4)。これは、生後にマラセチアが増加し、赤ちゃんにきびなどの皮膚疾患が見られるようになるタイミングと似ていることが分かります。さらに、私達の皮膚ではマラセチアが増えると、でんぷう、マラセチア毛包炎というマラセチア感染症を引き起こします。また、脂漏性皮膚炎やふけ症などの増悪因子となることも知られています。近年はアトピー性皮膚炎との関連も注目されています。

※ マイクロバイオームとはmicro(極小の)biome(生物群系)という意味で、生物の身体に棲む微生物叢(そう)のこと。

マラセチア

写真1 脂漏性皮膚炎患者のマラセチア
卵型~雪達磨型で青紫色に染まる胞子が多数みられる

でんぷう患者のマラセチア胞子と菌糸

写真2 でんぷう患者のマラセチア
球型の胞子と太く短い菌糸が多数みられる

 

このように私達の身体の常在菌は、時に私達の身体に不具合を発生させます。健康な生活を送る為には、うまく常在菌と付き合っていくことが大切なのかもしれません。マラセチアと上手く付き合う方法がいくつかあります。
マラセチアは高温多湿な環境を好みます。汗をかいたらシャワーを浴びたり、汗のしみ込んだ衣服を着替えたり、皮膚の環境を整えることが大切です。冬の保温肌着も、マラセチアが増殖しやすい皮膚環境となりやすいので注意が必要かもしれません。

洗髪する際は、シャンプーやリンスなどの量を多く使いすぎないようにしましょう。良く泡立てて、しっかり洗い流し、ドライヤー等でよく乾かしましょう。このようにいくつか生活面での対策がありますが、マラセチアを全て消し去ることはできません。増えすぎないようバランスを取ることが大切であり、ミコナゾール硝酸塩の含まれるシャンプーやボディソープなどは有意にマラセチアの菌量を減少させることができるというデータがあります5)。このような商品を活用することで、マラセチアとうまく付き合っていくことができるようになるのではないでしょうか。

最後に、現在、または近い未来に子育てをする方へ。お子さんに受け継がれるものは、きっとたくさんあるでしょう。大変なことも多いですが、お子さんの成長が楽しみですね。抱っこしたり、ほおずりしたり、その中で受け継がれていく小さな微生物がいることを忘れないでください。

参考文献
1)清 佳浩、中林淳浩、森下宣明、滝内石夫 乳児脂漏性皮膚炎-特に常在菌のうち癜風菌の変動について- 日小皮会誌 第19巻 第2号 P101- 2)小関史朗、高橋伸也 新生児顔面皮膚におけるPityrosporum感染についての経時的観察 Jpn. J. Med. Mycol.29, 209-215, 1988 3)Prerna Gupta, Arunaloke Chakrabarti, Sunit Singhi, Praveen Kumar, Prasanna Honnavar, Shivaprakash M. Rudramurthy. Skin Colonization by Malassezia spp. in Hospitalized Neonates and Infants in a Tertiary Care Centre in North India. Mycopathologia (2014) 178:267–272. DOI 10.1007/s11046-014-9788-7 4)Agache P, Blank D, Barrand C, Laurent R. Sebum levels during the first year of life. Br J Dermatol 14:423-425,1997 5)清 佳浩、小林めぐみ、早出恵里 フケ症に対するミコナゾール硝酸塩配合リンスの有用性の検討-基剤を対照とした二重盲検比較試験- Med. Mycol. J. 52, 229-237, 2011

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